2010年08月09日

下関通り魔事件

 1999年9月29日、午後4時25分頃、レンタカーに乗った男(上部康明:当時35歳)が、山口県下関市のJR下関駅構内へ突っ込み、そのまま駅構内を60メートル暴走しながら7人を跳ね飛ばした。
 その後、車から降りた男は、包丁を振り回しながら改札をぬけ、階段で1人、さらにプラットホームで7人を無差別に殺傷。結果、5人が死亡し、10人が重軽傷を負う大惨事となった。

 犯行の動機について男は、『何をやってもうまくいかず、誰でも良いから殺そうと思った』と供述。
 また、この事件の3週間前に起きた『池袋通り魔事件』を意識しての犯行だったと告白し、『池袋事件のようにナイフを使ったのでは大量に殺せないので車を使った』などとも供述している。

 犯人の上部は、九州大学工学部建築学科を卒業後、一級建築士の資格を取得し、福岡市内で設計事務所を経営していたが、経営に行き詰まり廃業。
 その後、実家へ戻り、運送業をはじめるが、台風18号の影響でトラックが冠水し、使用できなくなった。このことをきっかけに、上部は犯行を決意したという。
 一流大学を卒業したにも関わらず、中卒でもできる運送業すらマトモにできない自らへの怒りと悔しさは、そのまま社会へ向けられる格好となった。

 2008年7月、「残虐非道で動機に酌量の余地はない」とされ、上部の死刑が確定。日本国憲法下で、旧帝国大学出身者の死刑が確定したのはこの事件がはじめてと言われている。


posted by 傍観者 at 10:55| 通り魔事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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