2010年08月22日

少年ライフル魔事件

 1965年7月29日、空気銃でスズメをうっていたところを警察官に尋問された片桐操(当時:18歳)が、ライフル銃で警察官を射殺。
 その後、応援に来たもう1人の警察官にも発砲し、人質をとりながら車を乗り継いで逃走。同日夕方5時頃、東京都渋谷区の鉄砲店に立てこもった。

 渋谷区の鉄砲店に入った片桐は、店の従業員3人を人質にとり、店の武器弾薬を強奪。雨戸や天井などを撃ちまくり、まもなく店を包囲した警官隊と銃撃戦になった。

 片桐は合計130発以上ライフル弾を乱射し、警官をはじめ、通行人や報道記者ら16人を負傷させた。

 この影響で山手線が止まり、周囲には3000人以上の人だかりができた。やがて、警官隊が放った催涙弾により、店の裏口から飛び出した片桐は、飛び出してきたところを複数の警察官に取り押さえられ逮捕された。


 犯行の動機について片桐は、バイオレンス小説のような事を実際にしてみたかったと話し、「たまっていたものを全部吐き出せスカッとした気分だ。どうせ刑務所に入るんだろうから、代わりにベトナムに行きたい。ベトナム戦争で好きなガンを思いっきり撃つことができるのなら死んでもいい」などと語った。

 1968年、東京高裁は「人格のひずみによる残虐さは強制出来ない」とし、片桐に死刑を言い渡した。そして、1972年7月2日、片桐の死刑が執行された。享年25歳。

 後に、「連続ピストル射殺事件」を引き起こす永山則夫が、この事件のあった当日、たまたま現場近くの飲食店で働いていたことが発覚。永山は、この事件に刺激されて犯行に及んだとも言われている。


posted by 傍観者 at 17:36| 少年犯罪事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



|TOPページ|

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。