2010年05月24日

西口彰連続殺人事件

 1963年、福岡県で2人の運転手が殺害された。目撃者の証言や現場に残された指紋から、警察は、詐欺や窃盗で前科4犯の西口彰(当時:37歳)を全国に指名手配した。

 カトリック教の家庭で生まれ育ったにも関わらず、福岡で2人を殺害後、全国各地へ逃亡した西口は、詐欺や窃盗を繰り返しながら、さらに静岡で旅館を経営していた親子2人と、東京豊島区で弁護士1人を殺害。計5人を殺害した。
 その間、自らが指名手配されていることを知って、偽の遺書と靴を用意し、投身自殺を偽装するなどした西口の逃亡生活は、まさに計画的だった。

 1964年1月3日、弁護士を装って熊本県のある家に押し入った西口は、指名手配のポスターから、その家に住む11歳の少女に西口であることを気づかれ、それが逮捕のきっかけとなった。

 殺人、詐欺、窃盗の罪で起訴された西口は、公判で「史上最高の黒い金メダルチャンピオン」、「悪魔の申し子」などと形容され、死刑判決を言い渡された。西口の死刑は、1970年に執行された。

 後に、被害者が殺害された事件現場の住居をそのまま使って、映画「復讐するは我にあり」が撮影された。

posted by 傍観者 at 13:42| 連続殺人事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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