2010年09月02日

北九州監禁殺人事件

 2002年(平成14年)3月、北九州市小倉北区で、1人の少女(当時:17歳)が祖父の家に助けを求めたことをきっかけに、前代未聞の監禁・殺人事件が発覚した。

 事件発覚当初は、容疑者である松永太と緒方純子の2人が完全黙秘を続けていたが、その後の少女の証言により、合計7人の監禁・殺人事件が明らかになった。

 松永太と緒方純子は、少女の父親Aの知り合いで、5〜6年前から4人で暮らしていたが、Aの些細な軽犯罪の過去を知った松永は、その弱みにつけこんでAに電気ショックを与えるなどの拷問を繰り返した後、食事を満足に与えないなどしてAを衰弱死させた。
 Aの遺体は、松永の指示によって、緒方とAの娘である少女が解体し、海に捨てられた。

 その後、松永は、緒方をホステスとして働かせ、さらに、Aを殺害したことにつけこんで、緒方の父母および妹一家に、消費者金融などから金を借りさせるなどして金品を巻き上げた。

 これ以上金を取れないと知った松永は、緒方に父親の殺害するよう命じ、緒方は自らの父親に電気ショックを与えて死亡させた。

 その後も松永は、緒方の母親や妹、その夫や子供たちまで、自ら電気ショックを与えて殺害したり、あるいは殺害に関わったことにつけこんで、家族に殺害させるなどをし、結果、緒方をのぞく一家6人を殺害。
 その際、一緒に住んでいた緒方の姪(当時:10歳)にも、殺害や遺体の解体を手伝わせていたという。


 遺体は主に、のこぎりとミキサーで分解した上で、鍋で煮込み、海や公衆便所などに捨てられた。
 そのため、物的証拠がほとんどなく、警察は助けを求めてきた少女の証言に頼らざるを得なかった。

 世界的にも類のないこの残虐な事件に、公判で裁判長は、「甚だしい人命無視の態度には戦慄を覚える」「残酷、非道で血も涙も感じられない」「悪質さが突出し、犯罪史上まれに見る凶悪事件」と厳しく非難し、松永と緒方に死刑を言い渡した。

事実、事件のあまりの残虐さから、報道機関が自ら自主規制し、全国での集中報道には至らなかったとも言われている。

 死刑判決後、両者は即日控訴し、松永は死刑が維持されたが、緒方については、松永に暴力的支配を受けていたことを配慮し、無期懲役に減刑された。


posted by 傍観者 at 11:28| 監禁殺人事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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